小説の四季 さ行

小説の四季 さ行記事一覧

ミサを読んでしまつて、マリア・シユネエの司祭は贄卓《したく》の階段を四段降りて、くるりと向き直つて、レクトリウムの背後《うしろ》に蹲《うづくま》つた。それから祭服の複雑な襞の間を捜して、大きいハンカチイフを取り出して、恭《うや/\》しく鼻をかんだ。オルガン音階のC音を出したのである。そして唱へ始めた。「主《しゆ》に於いて眠り給へる帝室評議員アントン・フオン・ヰツク殿の為めに祈祷せしめ給へ。主よ。御...
桜ばないのち一ぱいに咲くからに生命《いのち》をかけてわが眺《なが》めたりさくら花《ばな》咲きに咲きたり諸立《もろだ》ちの棕梠《しゆろ》春光《しゆんくわう》にかがやくかたへこの山の樹樹《きぎ》のことごと芽ぐみたり桜のつぼみ稍《やや》ややにゆるむひつそりと欅《けやき》大門《だいもん》とざしありひつそりと桜咲きてあるかも丘の上の桜さく家《いへ》の日あたりに啼《な》きむつみ居《を》る親豚子豚ひともとの桜の...
これはわたくしの駄句である。郊外に隠棲している友人が或年の夏小包郵便に托して大きな西瓜を一個《ひとつ》饋《おく》ってくれたことがあった。その仕末《しまつ》にこまって、わたくしはこれを眺めながら覚えず口ずさんだのである。 わたくしは子供のころ、西瓜や真桑瓜《まくわうり》のたぐいを食《くら》うことを堅く禁じられていたので、大方そのせいでもあるか、成人の後に至っても瓜の匂を好まないため、漬物にしても白瓜...
「忠直卿行状記」という小説を読んだのは、僕が十三か、四のときの事で、それっきり再読の機会を得なかったが、あの一篇の筋書だけは、二十年後のいまもなお、忘れずに記憶している。奇妙にかなしい物語であった。 剣術の上手《じょうず》な若い殿様が、家来たちと試合をして片っ端から打ち破って、大いに得意で庭園を散歩していたら、いやな囁《ささや》きが庭の暗闇の奥から聞えた。「殿様もこのごろは、なかなかの御上達だ。負...