小説の四季 あ行記事一覧
春も三月と言えば、些《すこ》しは、ポカついて来ても好いのに、此二三日の寒気《さむさ》は如何だ。今日も、午後《ひるすぎ》の薄陽の射してる内から、西北の空ッ風が、砂ッ埃を捲いて来ては、人の袖口や襟首《えりくび》から、会釈《えしゃく》も無く潜り込む。夕方からは、一層冷えて来て、人通りも、恐しく少い。 三四日前の、桜花でも咲き出しそうな陽気が、嘘の様だ。 辰公《たつこう》の商売は、アナ屋だ。当節|流行《は...
八月二十九日▲黄瓜 松島の村から東へ海について行く。此れは東名《とうな》の濱へ出るには一番近い道なので其代りには非常に難澁だといふことである。磯崎から海と離れて丘へ出た。丘をおりるとすぐに思ひ掛けぬ小さな入江の汀になつた。青田があつて蘆の穗も茂つて居る。蘆のなかにはみそ萩の花がしをらしく交つて居る。畦を拾つて行くと田甫が盡きて小徑もなくなつた。仕方がないから楢の木の間を心あてに登つたら往來...
歌の口調がいいとか悪いとかいう事の標準が普遍的に定め得られるものかどうか、これは六かしい問題である。この標準は時により人により随分まちまちであってその中から何等かの方則といったようなものを抽《ぬ》き出すのは容易な事とは思われない。 しかし個人的には、たとえそれは自覚されないにしても、何かしら自ずから一定の標準をもっていて、それに当嵌《あては》めて口調の善し悪しを区別している事だけは否定し難い事実で...